
島根県松江市外中原町に建っている「圓輝山 法眼寺(ほうげんじ)」です。JR松江駅から徒歩約43分。一畑電車・松江しんじ湖温泉駅からだと17分位です。龍雲寺からだと10分位です(googleマップ経路情報より) 曹洞宗のお寺です。
山門は、出雲市の古刹「鰐淵寺」から移設されたようで、瓦葺の四脚門(かな?)
他の地方のお寺でもあったのかもしれませんが、松江のお寺を回っていて気が付いたのは、山門の所に座れる椅子・ベンチが置かれている、参道や境内に砂紋で綺麗な模様を作っている所が多いって事でした。法眼寺もそうでした。
山門くぐって左側に地蔵菩薩像がありました。願いを込めて御札を貼るようです。今回は、整理された直後なのか、余り貼られて無かったですが、多い時には、地蔵菩薩像が見えない位に貼られているようです。(剥がした跡は沢山付いてます)
右側の方には観音堂が立っていました。観音堂の前には六地蔵と子育て地蔵かな?
水子地蔵・子育地蔵も、錫杖ともっているか?子供を抱いているか?合掌しているか? で分かれるみたいで、こちらのお地蔵さんは、凄く優しく子供を抱っこしてるから子育地蔵(子安地蔵)様かな?と思いました
山門の正面が本堂のようです。現在、工事中のようで、本堂の右側には足場が造られていました。扁額は、寺名や山号では無さそうな青字で3文字書かれてましたが読めませんでした(^_^;)
山門前に「法眼禅寺由緒略記」の案内板がありました。木の木目を利用した板の上に小さく旧字漢字も多く難解です(^^;) 1から5までありましたが、省略しながら3まで転載しました。
曹洞宗島根県第二宗務所のHPにも載っていました。全く同じ文章では無いようですが、読みやすいかも
当山は、曹洞宗圓輝山法眼禅寺と稱し、御本尊は釋迦牟尼佛を安置す
創立は、約六百年前と傳うるも火災により記録を焼失、詳細を記する事が出来ず 雲陽記、再建の棟札、古老の傳説等に依って之を察するに
1.当寺の所在地及其の変遷
当寺は元来亀田山即ち松江城山の地(現在の椿谷)に所在せしものであった。其後約四百年前堀尾吉晴公により千鳥城築城に伴い当時の末次村大橋川畔 (現大橋川北詰)に代替地五町歩を与えられ移築される。当時の松江は、大橋川を中心として南北両分、南地を白潟村、北池を末次村と稱せり
2. 当寺の源流
倉吉市定光寺(開山機堂長應大和尚)を御本寺となし定光寺三世の御弟子で 自耕道譽大和尚を開山として歴代法燈連綿として今に至れり
開基は、宇多源氏の孫・十一代佐々木太良左右衛門信綱氏にして、法名を圓巖道輝大禅定門と号し圓輝山の山号とす
3. 当寺の変革
亀田山より移築の後、文政三年茶町大火の災厄に類焼、一時当寺管轄の中原町土手の荒和井地蔵堂に仮移住致し居りを松江滅主松平不昧公の重臣にて、当寺代々の篤信者朝日家五代丹波守郷保氏が自領地の一角を寄進せ られ境内地となし約二百年前に現在地に再建される
境内の案内板より
本堂の右側に庫裏・社務所と思われる場所がありました。扉の所に外出中との貼り紙が有りました。ご住職の携帯番号も記入されてましたが、お勤めで出られているので、都合の悪い状況の時に掛けてしまっては申し訳がないので、諦めました。








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