
島根県松江市北田町に建っている「松高山 普門院(ふもんいん)」です。JR松江駅から徒歩約26分。国宝松江城大手前バス停から11分位。松江宗忠神社からだと6分位です(googleマップ経路情報より) 天台宗のお寺です。
松江宗忠神社から行くと小さな橋を渡った先にたっていました。
山門は瓦葺の薬医門?でした。山門くぐると正面に本堂がたっていました。石畳の参道の両側は綺麗な砂紋が広がっていました。松江市では、まだ3社目ですが、松江の神社仏閣の特徴として、砂紋には拘りがあるみたいで、綺麗な境内が多かったです。
山門くぐって左側、本堂の左前の方に稲荷社が建っていました。松平直政公が信州松本城の稲荷大明神を城山の若宮八幡宮に合祀し後、明治の神仏分離により、普門院に遷移されたそうです。
現在は、若宮八幡宮は松江城山稲荷神社に合祀されているようです。この後、参拝した松江城山稲荷神社の拝殿の扁額には「若宮八幡宮」「稲荷神社」の名前が並んでいました。
本堂の右前に長楽寺の納経場がありました。扉は閉まっていて、一見、開きそうもないのですが、鍵は掛かっていなく、開けて中の御朱印を頂けます。
長楽寺は、安来市にあったお寺ですが、平成26年に、御本尊や納経所を普門院に移して、現在は廃寺になっているようです。
山門くぐって左側の塀に沿った辺りに御由緒と三斎流茶室「観月庵」の説明板が並んでました。御由緒の方は、木目の板に細字の小さい字で書かれている上、大分薄れて来てるので、読み取りが難解でした。間違ってたらごめんなさい。
普門院のHP には、現代語の分かりやすい説明がありましたので、ご興味がおありでしたら
・当山は今から約4百年前、初代藩主、堀尾吉晴公が松江城を築き城下町を造成した、当時、開創された寺院である。
・当初は島根郡市成村(現 西川津町市成)に吉晴公が豊国神社(祭神:豊臣秀吉公)を造営すると共に精舎・松江山願応寺を建立し、香華の資として三百石を附し賢清上人を別当職に任じたのがはじまりである。
・元和元年(1615年)大坂夏の陣において、豊臣氏滅亡のため、禄を没収されたが、三代堀尾忠晴公が、白潟寺町、堀尾河内守の下屋敷を寺地となり願応寺を移転し、松高山普門院と改称し30石を寄進した。
・延宝4年(1676)大火により類焼の難にあったが、元禄2年(1689)松平三代藩主綱近公が、現在地が城の鬼門にあたるをもって再建した。爾来法灯今日に至っている。
境内の案内板より
本堂の右前辺りに 長楽寺の納経場があり、扉を開けると、中に御朱印が置かれていました。
ここで、普門院の御朱印を頂いた気になってしまい、本堂の右側にあった庫裏・社務所には行きませんでしたので、普門院の御朱印は頂き損ねました(;_;) 調査不足でした(^^;)












Φ ポケストップがあります・・・・ 観月庵
Å ポケモン・ジムがあります・・・普門院
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