東光寺(山口県萩市椿東)

 山口県萩市椿東に建っている「護国山 東光寺(とうこうじ)」です。JR東萩駅から徒歩約27分。人丸神社からだと12分位です(googleマップ経路情報より)  黄檗宗のお寺です

 松陰神社から人丸神社に行く途中の道沿いに建っていました。
 江戸時代初期に中国から伝わった黄檗宗のお寺で、比較的新しい宗派で見た目も中国色が強いようです。

 維新ロードと交わる辺りの交差点に寺院にしては珍しい赤い総門が立っていました。屋根の中央部分が少し高い場所に作られていて一階半位の門に見えました。中央の屋根が高い分、「護国山」と書かれた大きな扁額が掲げられていました。屋根の上には鯱に見えましたが摩伽羅(マカラ) と言う架空の生き物のようです。よくよく見ないと分かりませんが、足が生えててワニがベースだとか。

 赤い総門入ってすぐ右側に無人の料金所がありました。料金を納めて50m位先には大きな三門が立っていました。桁行11.6m、梁間6.7mもの大きさです。金剛力士や鐘楼は無いみたいですが、内部には、十八羅漢等が安置されているそうです。
 扁額は表側の2階と裏側の1階、門を通る所の3ヶ所にありました。書いてる文字は何れも不明(読めませんでした(^_^;) )
 大きな三門の左右に小さな建物(山廊)があり、そこから木製の階段で三門の2階に行けるようになっていました(普通の人は行けませんが(^^;))
 (神社仏閣の建物の場合、よく「桁行」「梁間」と言う言葉が使われますが、大まかに「桁行」は横幅、「梁間」は高さと考えていいんですかね? )

 総門からは、150m位参道を歩いた辺りでやっと本堂(大雄宝殿)の前に到着。正面ですが、そのまま行く事は出来ず、遠回りになりますが、右側に曲がって書院の前を通って横から行くようになっていました。
 元禄11年(1698)4代目藩主・毛利吉広公によって建立されたそうです。
 大きな建物で仏殿形式と言うのらしいのですが、屋根も建物も横に真っすぐ伸びている感じでした。
 黄檗宗では大雄宝殿とは「お釈迦様のいらっしゃる所」という事だそうです。
 中には入れませんが、黄檗宗では、現在も立ったまま経読するそうで、堂内は土間叩仕上げになっているようです。
 総門の上が摩伽羅(マカラ)だったので本堂の上のも摩伽羅かと思ったら、こちらは鯱(しゃちほこ)のようです。(案内板より) 建物自体が大きいので屋根の上に小さく見えるだけでは、違いを見分けるのは難しいですね(^_^;)


 東光寺のホームページがありましたので、ご興味があれば 東光寺HPへ

黄檗宗東光寺

 本堂前の右側の端の方に机があり、その上に書置きの御朱印置き場がありました。しかし、中身は無し(;_;)  連絡無しで行くので、お留守の時等は仕方ないと思うのですが、こうした、ちゃんとした置き場所があるのに置かれていないのは、少し腹が立ちます。連絡先も書いて無いし、ちゃんと補充しろぉ~~(^o^;)


 

毛利氏廟所

 大照院には、初代、2,4,6,8,10,12代の藩主のお墓があり、東光寺には、3,5,7,9、11代の藩主のお墓がありました。
 何故、奇数代と偶数代で分かれているのかと言うと、初代と2代目が、元々の菩提寺の大照院に弔われた後、3代目の毛利吉就公が黄檗宗と言う新しい宗派に興味を持ち、東光寺を建立して、自分の菩提寺にしたそうです。
 (★ネット上にあった情報ですが) その後どうするか? 藩内で議論された後、偶数代は大照院、奇数代は東光寺としたそうです。多くの石灯篭、夫人や親戚、家臣のお墓等も併設され墓所の規模も大きく、葬式等の費用や行事を行うにも、1つのお寺では負担も大きく、2つのお寺に分ける事で負担を分散させる、また、派閥争いが起こらないようにルールを決めた、等の理由で、奇数、偶数で分けたとの事でした。(納得(^_^))

Φ ポケストップがあります・・・・ 東光寺総門、東光寺鐘楼、東光寺大雄宝殿、 萩藩主毛利家墓所(東光寺墓所)、東光寺 灯籠
Å ポケモン・ジムがあります・・・東光寺 本堂、 東光寺三門

  

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