山口県岩国市横山にある「白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)」です。吉香神社の西側、すぐそばです。錦帯橋バスセンターから徒歩約11分、吉香神社からなら3分程度です。(googleマップ経路情報より)
「褒忠社」は、吉香神社と白山比咩神社の間にありますが、正確には、吉香神社の末社でした。
白山比咩神社の神門を通ると拝殿と授与所が同時に見え授与所が閉まっていたショックで、余り写真の枚数が少なかったのと先に吉香神社のページ作ちゃったので(^_^;) こちらに入れました。
御祭神 : 菊理媛命(くくりひめのみこと)
小白山比咩命(こしらやまひめのみこと)
大巳貴命(おおなむちのみこと)(大国主命)
御由緒 :
本神社の創立年月日は、不詳と雖も、旧記に正一位白山大権現社は清和天皇の御宇、貞観18年(876)に勧請、元慶8年(884)に社殿の建立とある。
其後、応安年中の社殿の一切を焼失するも、後小松天皇の御宇喜慶2年(1389)再建せらる。天正年間には、毛利輝元公により神田を賜る。慶長年間(1590~)吉川廣家公、雲州富田の庄より 當地に移封されてより封内の鎮守と仰ぎ吉川家歴代の産土神として崇敬せらる。
元禄7年(1695)大鳥居の建立、享保年間(1716~)社殿の大造営、同13年(1729)に神社林として城山の一部を奉納等、歴代の藩主の尊崇厚し。
明治6年11月縣社に列せらる。
當時の社殿は壮麗豪華にして工作の妙を極め殊に拝殿、樓門の如きは精彩粉飾を盡くし関西の東照宮と云い伝えられていたが、惜しくも、明治23年10月23日神殿、拝殿、回廊、樓門等の建造物を悉く 灰燼に歸す。 (當時の神殿の寫眞は拝殿正面に掲げあり)
神社は安産の神として古より崇敬者多く氏子内には難産の有りし事無し。
境内の案内板より
拝殿の右側に授与所らしき建物がありましたが、閉まっていました。12時50分、お昼休みの時間かと思い、他の寺社を回って1時間位後にもう一度行ってみましたが、やっぱり閉まってました。(しっかりと、「御朱印受付所」って張り紙がされていたのに(;_;) )
吉香神社共ども、御朱印は頂けませんでした。
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