
山口県下関市豊前田町に建っている「紅葉稲荷神社(もみじいなりじんじゃ)」です。JR下関駅から徒歩約16分位です。(googleマップ経路情報より) 同じ境内にあるような感じですが、福仙寺の裏門から紅葉稲荷神社の社殿までだと2,3分位です。
googleマップナビだと東側に案内されます。東側から実際に行けるかどうかは不明ですが、表参道は南側(福仙寺の入り口の隣)です。
前日に厳島神社を参拝した時、御朱印のサンプルで「紅葉稲荷神社」がありました。今回の予定に無かったし、何処にあるかも調べて無かったので、その時は、御朱印は頂きませんでした。今日、福仙寺に参拝しに行く途中、「紅葉稲荷神社」の名前を見つけたので参拝することにしました。
今回は、福仙寺の奥の院から石段で降りてきて参拝後、表参道を通って帰るコースでした。
入り口から、社殿までは結構あります。一の鳥居から石段や石畳の参道を通って鳥居4基を通過した先が社殿のエリアになっていました。
4基とも石鳥居で字体は違ってましたが「稲荷神社」と彫られた扁額を掲げてました。
二の鳥居の前に小さ目で古そうな狛犬が、三の鳥居の前には、二の鳥居前の狛犬よりは大きく新しそうな狛犬が番をしてました。三の鳥居前の阿形の方は大きく口を開けて威嚇している感じでした。
二の鳥居と三の鳥居の間には狛狐が鎮座してましたが、年代物なのか耳とかが取れてました。
四の鳥居をくぐって左側に社殿がたっていました。拝殿前には太い綱が3本伸びていて、それぞれ鈴に繋がっていました。 綱はそれぞれ太さ、色が違っていて、繋がっている鈴も微妙に大きさが違っている感じでしたが、それぞれ、意味が有るのか?無いのか? 説明等はありませんでした。
社殿の右側の方に「若宮大神」と書かれた扁額を掲げた赤鳥居がたっていて、そこから赤鳥居をくぐりながら、少し石段を登った先に祠がたっていました。小さな狛犬が番をしてましたが、祠の扉が片方取れてしまってました。見えた範囲では、中は空でした(^^;)
社殿の左側の方にはもう一基石鳥居がたってました。石段の下にもう1基たっていて、裏参道になるのかな?
結局、気が付いた範囲では、境内で6基の石鳥居がありました。
入り口の所に「祝 御鎮座100年」との垂れ幕が出ていたように古い神社のようで、案内板の文字も擦り切れて非常に読み難い状態でした。間違ってたらごめんなさい(^_^;)
一. ご祭神 : 宇迦之御魂命(伏見本社神)
八重事代主命(恵比須神)
大綿津見命(龍神)
大物主之命(金比羅神)
ニ. ご由緒
源流は往古長門国長府藩毛利甲州守細元公の客家老細川宮内正源広道家の鎮守の神として、長府姥ヶ懐に奉祀されていたものを、享保16年 一時右神祠を神宮司地内に遷し、越えて寛保元年8月 細川家所領の豊前田紅葉谷の現在地に遷座し、細川家鎮守の神として奉祀す。
寛政8年には式年の大祭が執行され、細川家より代理人として玄蕃太夫参詣し亀山社人菱形数馬祭主となり、祭事一切を終了し、同年豊前田町年寄大木七郎兵衛鍵預かりを仰付けられ、以後豊前田町並びに周辺町民の崇敬神として尊崇さる。
明治8年8月 豊前田町民の協力奉仕によって祠を神社造りに改築し、落成を祝う神事大祭が行われ豊前田町民との結びつきは益々深まってきたが、その後豊前田町に大火が重なったため、大正15年4月 境内地内高台の現在地に移転改築することとなり、厄除け並びに商売繁昌を願う町民の絶大な協賛を得て、現在のような荘重な社殿が造営され盛大な落成遷座祭が執り行われた。
その後大火に見舞われることもなく、いよいよ豊前田町や周辺の町の守護神又商売繁昌の神として崇敬を高めている。
一の鳥居前の案内板より
御朱印は、拝殿の前に貼り紙もありましたが、此処から北西方向に徒歩で15分位の所にある厳島神社で頂けます。


















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