
大分県宇佐市大字四日市に建っている「櫻岡神社(さくらおかじんじゃ)」です。JR豊前善光寺駅から徒歩約55分。四日市バス停からだと6分位です。酒井泉社からだと23分位です(googleマップ経路情報より)
本町通りと横町通りが交わる辺り、本町通り沿いに細い歩道を挟んでたっていました。
慶長11年(1608)に佐賀から蛭子様の御神体を持ち帰ってきた蛭子宮(事代主命)が始まりで、その後、細川家の御茶屋屋敷があったこの場所に御神体を移し、新たに稲荷宮(宇迦之御霊命)と天満宮(菅原道真)を勧請し、3社揃って櫻岡神社となったそうです。
拝殿の後ろに3つお社が建っていました。最初は、本殿と境内社かと思いましたが、このお社が蛭子宮、稲荷宮、天満宮のようです。櫻岡神社の本殿のエリアになるようで、拝殿の後ろには行けないようです。
拝殿の右側の方に手水舎があり、手水舎とその周辺は、色鮮やかなお花で飾られてました。「花手水」と言うそうです。手水舎の水が溜まっている所がキャンパスでお花を使って絵を書いてるように綺麗に飾られていました。
季節的な事か? 他の方々がアップしている写真を見ると、今回(10月後半)は、これでも、ちょっと地味だったかも
更に少し右側には、お祭りなどで使用する御神輿が納められている大きな神輿殿が建っていました。
拝殿の左側には、舞殿?か神楽殿?のような建物があり、その手前に授与所がありました。
ホームページは無いみたいですが、Facebookやインスタグラムはやられているようです。また、YouTubeで神社の紹介もされてました。
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道路沿いの部分に御由緒書きがありましたが、何と言うのか? 昔風の難しい文体で意味が分かり難い(^_^;)ので、境内にあった櫻岡神社の歴史説明からです。
・慶長11年(1608)
氏神であるえびすを石の祠にして、市屋敷に据えた。
・元和6年(1620)
下屋敷の石見入道南世殿が死亡した。南世は先年四日市の古例を起こして町内に市をたてた。
・明暦4年(1658)
上庄屋と下庄屋と市屋が経費を負担して、氏神夷を石の社につくり替えた。
・延宝9年(1681)
氏神夷の御殿が完成したので、下村の御茶屋の屋敷へ移った。
・宝永7年(1710)
又々古例を引き、毎月4日に御夷の前にて市を立てる。町内の講中により石灯篭7基が寄進された(境内の南東隅に現存)
境内の案内板より
拝殿の左前辺りに授与所があり、その前のテーブルの上に、ケース毎に分けられて、櫻岡神社、酒井泉社、響山稲荷社等の複数の御朱印が置かれていました。「香下神社」「佐田神社」等、当初調べていなかった神社の御朱印も「受け付けます」との張り紙がありましたが、書置きはありませんでした。授与所やその裏の社務所らしき所も無人のようでした。
初穂料はケースごとに書かれていましたが、「初穂料はお賽銭箱に」とかの表記が無かったので、どうしたものか迷いました。各ケースの中に置くのもありだけど、ケース毎に個別に置くと小銭が足らなくなりそうなので、結局、纏めてお賽銭箱に納めましたが、何か書いておいてほしい所です。












Φ ポケストップがあります・・・・
Å ポケモン・ジムがあります・・・Sakuraoka Shrine 櫻岡神社
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