岡山県岡山市北区南方3 に建っている「薬園山 長泉寺(ちょうせんじ)」です。JR岡山駅から徒歩約20分。金刀比羅神社からだと16分位です(googleマップ経路情報より) 真言宗のお寺です。
金刀比羅神社からは、ほぼ北方向で大きな道路(県道27号線)に沿って行けば迷う事もありませんでした。手前の角を過ぎると、行き成り目の前に鐘楼門が現われます。
私が鐘楼門をくぐった時、境内を忙しそうに行き来している方が居て、「住職かな? 忙しそう(^_^;)」と思いながらも、まずは本堂前に行き参拝。本堂の左側にある、ちょっと独特な不動明王像を拝見したりしていると、先ほどの方が、忙しそうにこちらに向かって来ていました。すかさず、御朱印帳を取り出し、見えるように前に出していたら、「御朱印ですか?」と声を掛けて頂き、お願いしました。
お忙しい中、丁寧に対応して下さり、直書きの御朱印を頂きました。更に、私が長泉寺は初めての参拝と分かると、「皆さん、見逃しがちなんですけど」と弁財天堂まで案内してお参りの仕方まで丁寧に教えて下さいました。
鐘楼門をくぐってすぐ左の方向で、手水舎やベンチなどがある場所でちょっと見には休憩所のエリアかと見えるので、完全に見落としていました。スリランカ・ランムトガラ寺からご請来された弁財天像で、自分の身体の治したい部分と同じ場所を摩るとお利益があるという事でした。摩ると言っても、研磨剤をさらしに付けて磨き上げるという本格的なもので、皆さんに磨かれて弁財天像はピカピカでした。研磨剤やさらしは用意されています。また、すぐ近くに手を洗える場所もあるので安心して磨けます。
本堂の左側の前に、一般的によく見るのとはちょっと違っている不動明王像が立っています。インド仏教界の大指導者として、カースト差別と闘い続ける佐々井秀嶺師と言う実在の人物がモデルになっちるようです。(長泉寺の公式HPには、ご本人の写真も)
長泉寺は弘法大師空海さまを宗祖とし、京都・仁和寺を総本山とする真言宗御室派の寺院です。
永正6年(1509年)7月に開創。その頃、当山の周辺には備前国営の薬草園が広がっていたと伝えられ、岡山の先進医学の発祥の地とされます。薬園山と言う山号の由来です。
各種文化活動や、社会奉仕活動、国際交流が盛んで、境内には所縁の仏像群が並びます。
現在の本堂「瑠璃光殿」は、昭和34年の建築で、平成30年に大改修工事を行い、同31年正月に修繕落慶式を奉修しました。
青漆喰壁が施され神秘的な荘厳性を持つ内陣の正面には、本尊薬師瑠璃光如来と脇侍の日光・月光菩薩が祀られています。
長泉寺公式HP より
今回は境内で御住職とお会い出来ましたが、通常は、本堂の右側にある社務所・庫裏をお訪ねするようです。
現在の本堂「瑠璃光殿」は、昭和34年の建築で、平成30年に大改修工事を行い、同31年正月に修繕落慶式を奉修しました。
青漆喰壁が施され神秘的な荘厳性を持つ内陣の正面には、本尊薬師瑠璃光如来と脇侍の日光・月光菩薩が祀られています。
令和4年春に落慶した「玉佛堂」には、中国第一古刹として有名な白馬寺(中国洛陽市)より請来された「玉佛釈迦牟尼如来像」が本尊として祀られます。
観音堂に祀られる観音像は、東海道白須賀(現在の静岡県湖西市)の地に於いて、観音さまの夢告により宝永の大地震(1707年)による津波の被害を逃れた池田綱政公が、そのご恩に報いるために後楽園慈限堂を建造し、その本尊として祀られた「白須賀観音像」だと伝えられています。
鐘楼門は、小豆島・西光寺様から遷座されたもので、中国・洛陽市にある白馬寺様よりご請来された梵鐘が吊られています
インド仏教界の大指導者として、カースト差別と闘い続ける佐々井秀嶺師をモデルにインド・ナグプールで造顕されたもので、邪を許さない仏教の不動心を現しています。
当山鎮守は、音楽などの芸能、また財宝の神と言われる弁才天ですが、ご縁があってスリランカ・ランムトガラ寺様より弁才天像がご請来されました。
情報は、長泉寺公式ホームページより頂きました
Φ ポケストップがあります・・・・ 長泉寺前のお地蔵さま、 長泉寺、長泉寺本殿
Å ポケモン・ジムがあります・・・