散歩道: 弘住神社(広島県広島市安佐北区口田南2)

 広島県広島市安佐北区口田南2 にある「弘住神社(じかんじ)」です。JR安芸矢口駅(芸備線)から徒歩約9分。(googleマップ経路情報より)  
 太田川の東側なので西側から行く場合、ちょっと橋が少ない場所なので、直線距離のわりには遠くなります。弘住遺跡のある小山、大きな道路、JRの線路などが絡み合っていて、神社の場所が分かっていても何処から行くのか迷いました。ちょっと前に、地元の参拝者と思われる方が歩いていたのでついて行きましたが、踏切じゃ無い所で線路を渡ってしまいました(反省(^_^;))
 弘住遺跡の有る小山を東側から時計回りに大きく回るか、太田川沿いに弘住神社より少し南側にある踏切を渡るのが良さそうです。

見出し

 旧称  : 小田之庄八幡宮
 御祭神 : 応神天皇(譽田別尊)
       神功皇后(気長足姫命)
       玉依愛姫(錦津見神)
 御由緒 :
 芸藩通志によれば、八幡宮は小田村弘住にあり、当社は往古より北ノ庄小田村、矢口村、古市村、中筋村、東野村の五ケ村の民これを祭るとあり、建立の時期などは哉舊記兵乱の時に紛失し、詳細は不明である。
 御祭日は往古より8月14日、15日(現在は10月第4土曜日、日曜日)神受祭礼を執行なう。御幸の御旅所は矢口村新宮社・現在の新宮神社、慶長4年(1599年)而神行していたとあり。
 勧請の社あれども矢口村の民むかしより、当社を産土神とすれば勧請の古きことをしることができる。
 神殿の修復は寛文8年8月(1668年)棟札による。幣帛殿の造営は寛政4年8月(1787年)祝詞文による。拝殿は元治元年戌辰(1868年)に改築造営され、明治36年(1903年)に修復。元治元年改築造営された社殿は120余年の風雪に耐え老朽化。折しも都市計画道路敷設により社務所の移築。昭和60年(1985年)の天皇御在位を記念して、本殿、神饌殿、祈祷殿、第二拝殿の改築。更に第一拝殿屋根葺替、社務所の改築、境内整備を氏子、崇敬者の浄財にて竣工する。
 なお、古くは小田之庄八幡宮と称したが、後に弘住八幡宮と改め、明治6年(1873年)に現在の弘住神社に改称した。
 氏子関係は現在小田のみとなり全部分離する
                             拝殿内の御由緒書きより

 お正月に参拝したので、拝殿の横にテントで臨時の授与所が出来ていましたが、普段は不明です。

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Φ ポケストップがあります・・・・ 広島市保存樹林、弘住神社
Å ポケモン・ジムがあります・・・弘住神社 鳥居

  

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