
大分県大分市上野丘に建っている「弥栄神社(やさかじんじゃ)」です。JR大分駅から徒歩約21分、JR古国府駅からだと7分位です。本光寺からだと7分位、金剛宝戒寺から4分位です(googleマップ経路情報より)
金剛宝戒寺や本光寺から行った場合は先に裏参道の入り口があるし、ナビでは、この地点に案内されるので、例によって裏口からの参拝になりました(^_^;) 表参道は、この道なりにもう少し進んで南側にあります。
南側の道と平行に「祇園宮」と書かれた扁額を掲げた石鳥居がたっていて石段を少し登ると90度くらい右に曲がって、参道の先に鳥居(二の鳥居? 銅製みたいです)、朱塗りの立派な楼門が見えて来ます。(祇園宮は弥栄神社の旧名です)
楼門は朱塗りで2階建ての大きな建物で随神門のようです。矢大神(やだいしん)・左大神(さだいしん)の下に狛犬が配置されていますが、しゃがまないと見えない場所に隠れるように座ってました。表面の塗装も大分剥がれてて最初見た時は陶器かなとも思いましたが、私には良く分かりませんでした(ネット上では木製と紹介されている方がいらしっいました。そう言われるとそうかなとも))
楼門をくぐると拝殿や本殿が見えます。鮮やかな朱塗りの楼門とは対照的で薄い緑色の屋根(銅製かな?)こげ茶色の建物に白い垂れ幕と地味で落ち着いた雰囲気の社殿でした。拝殿と本殿は独立した建物で石段とその上の屋根で繋がれていました。
住宅街の外れの林に囲まれた小高い場所なので、本当に静かで神様ものんびりしていそうな感じでした。
当神社(旧名祇園社)は、奈良時代の宝亀2年(771年)国府の鎮護寺岩屋寺(現在廃寺)の境内に鎮座したことに始まる。
鎌倉時代の建久年間(1190年~1199年)に大友氏初代大友能直が京都祇園社(八坂神社)を勧請、再興した。大友時代は祇園祭り(祇園会)を大友氏が奨励して大いに賑わったが、天正14年(1586年)島津軍の府内侵攻ににより社殿は焼失した。
荒廃した社殿を江戸時代の始め元和4年(1618年)時の府内藩主竹中重義が律院村(現在地)に移して再建し里郷の氏神、総鎮守とした。祇園祭りも歴代府内藩主(竹中家・日根野家・大給松平家)が奨励したため賑わい浜の市と祇園祭りが府内城下の二大祭りと呼ばれた。
明治4年(1871年)弥栄神社と改称し郷社となる。大正5年(1916年)県社に昇格した。社殿(平成8年・1996年楼門大修理)や祇園祭り(古国府夏祭り)は今も古国府の人々により大切に受け継がれている。
境内の案内板より
弥栄神社から北東の方向、歩いて15分位の若宮八幡社の授与所で頂けます












Φ ポケストップがあります・・・・ 弥栄神社社殿
Å ポケモン・ジムがあります・・・
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