
大分県大分市中央町に建っている「西新町天満社(にししんまちてんまんしゃ)」です。JR大分駅から徒歩約12分、福寿院からだと15分位です(googleマップ経路情報より)
福壽院からだと、例によって裏門(西)側に案内されました(^_^;) 表門は東側にあります。
裏門側は「正一位稲荷大明神」と書かれた扁額を掲げた赤鳥居がたっていて狭い通路の先の左側に稲荷神社の小さな祠がたっていました。稲荷神社の先、「銀杏が落ちてきて危険」と紐が張られて道が通行止め、さらに細い道へと案内され、大きく回ってやっと天神様の社殿の前にでました。
拝殿前の狛犬、形自体はシンプルなお座り型の狛犬でちょっとおカッパ頭風の髪(タテガミ)で、吽型の方は角ありタイプでした。
拝殿の左右に大きな絵馬が掲げられていて、大体が干支か梅の花などの絵のようです。今回2025年巳年なので、左側は白蛇でしたが、右側は?(木の根? タコ? 見た角度が悪かったみたいです^^;)
今回の大分県の御朱印巡りの最後の参拝が済んだ所で、10時50分。可能だったら食べてみたいと思っていた「りゅうきゅう丼」。ピックアップしていたお店の1つ「二代目与一」まで2分の距離。11時開店。カウンター席のみの8席。お昼はりゅうきゅう丼のみ。これは行くしかないと行って来ました。開店前に列は出来てませんでしたが、開店して5分もしたら満席でした。私は1巡目の5番目でりゅうきゅう丼を堪能させて頂けました。前の雨の日に行った大分県立美術館までも2分と言う便利な場所でした。
現地で、私は見つけられなかったのですが、案内板の写真がアップされていたので転載しました。
当天満社は別名藪天神とも言われていた。寛永のころまだ田圃で、その中に巨松2株あり、里人は此の一帯を藪天神と言っていた。
寛永9年(1632年)当町の住民で高畑伴右衛門が藩主竹中重義公の許しを受けて、掘外に町屋を建てて西新町を開発する。
ある日、笠和村住民後藤氏の祖父が西新町に来て町屋世話役に次のように語る。
天正の兵乱、天正14年4月(1586年)大友と薩摩の戦のおり、笠和村の笠和天満宮が戦いで焼失する事を恐れて、御神体を藪天神の巨松の下に埋めたと。町民はこれを聞いて巨松の下を掘り御神体を迎えた。
藩主日根野吉明公の申告し、許しを受けて松の木近くに安置した。・承応2年(1653年)藩主 日根野吉明公 神殿を築造する。
・宝暦2年(1752年)現神殿の形となる。
・明治35年(1902年)菅公一千年祭記念行事と同時に神殿を改築。
・昭和62年(1981年)昭和大造営が行われた。
・平成16年(2004年)台風にてご神木公孫樹(銀杏)が倒れ拝殿を壊す。翌年復興工事完成する。
祭神菅原道真公は文学の神、学問の神として全国神社の中でも多数を占めており、天皇を除いて実在の人物としては極めてまれである。
表の石鳥居をくぐってすぐの右側に授与所がありました。御朱印をお願いすると、おみくじもセットとの事で、おみくじを引かせてもらいました。結果は「中吉」微妙カナ(^_^)












Φ ポケストップがあります・・・・ 西新町天満社 赤鳥居
Å ポケモン・ジムがあります・・・ 西新町天満社
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