散歩道: 月野瀬神社(広島県広島市安佐北区口田1)

 広島県広島市安佐北区口田1にある「月野瀬神社(つきのせじんじゃ)」です。JR安芸矢口駅から徒歩約5分。弘住神社からなら10分位、新宮神社からなら8分位です(googleマップ経路情報より)  
 かなり狭い路地の途中に入口がありますが、注連柱もちょっと後ろに引っ込んでいて手前の路地からは見え難いので注意して無いと見逃しそうです。入口付近は狭いですが、山の麓を切り開いて建てられた感じで社殿が建っている辺りはそれなりも広さがありました。
 お正月に参拝したので、他の参拝の方が居た為、写真は少なめです(^_^;)
 
 

月野瀬神社 御由緒

 月野瀬神社(別名 加茂大明神)
 御祭神 : 別雷命(わけのいかづちのみこと)
         龍神・雷神とも言われる
         加茂建角身命(かものたけつぬみのみこと)の御子
 御由緒 : 
 推古天皇は、安芸の国で船をつくるよう河辺臣に命じる。
 河辺臣(かわべのおみ)は舟材として霹靂(へきれき)の木で舟をつくることとした。ところが、この木を伐ると雷神は伐採を怒り大雨・雷電をおこし阻む。そこで河辺臣は木を伐る人を害せず、我が身を傷つけよと祈った。すると十余度の霹靂・雷鳴がなり河辺臣を害せず小魚と化した。この小魚を木の枝で挟みとって焼いたところ霹靂も治まり河辺臣は無事に船を造ることが出来ました。このようなことから別雷神を祀り月野瀬神社の主祭神となり、この地を大明地と称した。
 月野瀬神社(唱和二年十月二十日改築再建され村杜として氏子百六四戸)は千年以上の歴史をもつ古い社である。神社の裏に広がる自然林の中からは弥生時代(千八百年前)後期の遺跡が点在し、数多くの土器が出土されている。
   推古天皇・・第三十三代天皇(豊御食炊屋姫尊(とよみのじきやひめのみこと)在位紀元五九二年から六二六年
   河辺臣・・・・豊田郡船木の霹靂神社の主祭神
   霹靂・・・・・急激な雷鳴・激しい大音声

                               境内の説明板より

 

Φ ポケストップがあります・・・・ 月野瀬神社、月野瀬神社由緒
Å ポケモン・ジムがあります・・・

  

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