散歩道: (向島)嚴島神社(広島県尾道市向島町)

 広島県尾道市向島町にある「嚴島神社(いつくしまじんじゃ)」です。JR尾道駅前の桟橋から、フェリーで約5分と降りて南側の入口まで徒歩約4分。(googleマップ経路情報より)  西側の参道から入れば、もう少し短くなります。授与所も西側の参道沿いにありました。

 JR尾道駅から、向島・厳島神社まで、信号待ちやフェリー待ちがなければ、15分位あれば行けます。フェリーも基本的には12分間隔でピストン運行してます。
 向島側でフェリーを降りたら南側に徒歩4分位で行けます。西側の参道からなら3分位で行けそうです。

 南側の入口がちょっと複雑で、正面と思われた道を行くと、神社手前で行き止まりになってしまいました。もう少し先の道で左折して水路を大回りした後に引き返すような感じになっていました。西側の参道から入った方が近いし分かり易いです。駐車場も西側にあります(南側の入口が拝殿に近いので表かと思ってましたが、どっちが表か裏か不明)
 入り口の注連柱の所に大きな球体の上に乗った獅子っぽい石像が見えたので、新しいタイプの狛犬かと思いましたが、相方も居なくて、手水鉢の飾りのようでした。
 境内は横方向に広く、拝殿・本殿の左側の横に境内社やお堂が建っていました。

 後で知りましたが、「しまなみ海道・とびしま海道 嚴島神社巡り」なんてマップがあって諸島部で18もの嚴島神社があるようです。向島だけでも、4社あるようです。
 ウィキペディアみると、「厳島神社」って全国で500以上もあるんですね(「嚴島」と「厳島」は旧字体と新字体の違いだけのようです) その総本社が宮島の厳島神社という事です。

厳島神社 御由緒

 御祭神 : 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
       事代主命(ことしろぬしのみこと)
       大綿津見命(おおわたつみのみこと)
 御由緒 : 
 向島町富浜に鎮座いたします「嚴島神社」は江戸時代初期、安芸広島藩浅野家のお抱え豪商、「天満屋 浄友」によって尾道水道に面して開拓された富浜古新田(塩田)の守護神として、延寶8年(1680年)向島明神島の現在地に建立されました。
 天満屋は浅野藩主に伴われて紀州和歌山から広島に来り魚問屋及び酒造業に従事し産を成し、藩に乞うて尾道水道一帯に天満屋新開地を築調し、この新開地開拓に従事した人々の慰霊と塩田守護の為、新開地の東方に位置した、亀山に岩屋を掘り、その中に社殿をしつらえました。
 天和3年(1683年)更に新たなる社殿を建立し、嚴島明神を勧請し「富島大明神」と称しました。
 正徳4年(1714年)当地に疫病が流行し、当浜祈祷の為烏崎地区に御神幸し、以来毎年6月17日に烏崎にご神幸される(これが管弦祭の起源となっている)夏祭りが盛大に行われています。
 明治維新に「嚴島神社」と改称し、明治5年旧社格村社に列せられました。以来、海の神様として尾道水道を行き交う船舶の守り神、造船の神、魚業の神、交通安全の神として、又ご祭神市杵島姫命はえびす神の化身とされ、商売繁盛、家内安全の守り神として更には、神言を代行する宣託の神として近郊の氏子・崇敬者の信仰深き神社として日々多くの参拝者をお迎えいたしております。
 別称、富浜の明神さん、浜の宮 富島明神社とも言われております。
                 尾道・むかいしま 厳島神社 公式ホームーページより

 拝殿の前に書置きの御朱印が置かれていました。参道側(西側)に社務所・授与所があり宮司さんがいらっしゃれば、直書きも可能だそうです(今回は宮司さん不在でした)

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Φ ポケストップがあります・・・・ 
Å ポケモン・ジムがあります・・・尾道厳島神社

  

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