散歩道: 長性院 (広島県広島市南区比治山町)

 広島県広島市南区比治山町にある「 良雲山・千日寺・長性院」です。浄土宗のお寺です。
  路面電車の比治山下駅から徒歩5分位です。比治山通り沿いの石柱に小さく「長性院入口」の案内があり、そこから坂道を登って行くと仁王門があります。仁王門の2階が鐘楼にになっていてロープが地面に刺さった杭まで伸びているので、2階に登らなくても、鐘を撞くことが出来るようになっていました。
 石仏やお堂等、それぞれに説明が付いてるので分かり易かったです。
 

長性院 沿革 

 良雲山千日寺長性院は安芸の国広島新開段原比治山にある。その昔、信濃の国(長野県)松本生まれの正誉玄齊という僧が諸国行脚の後この地に来た。山も麓で人家はなく静寂な雰囲気に心も澄み渡ってきたので、背負っていた阿弥陀如来様を降ろし、鉦鼓を前に置いて一時間ばかり、この山を見回って帰ってみると、不思議なことに人がいないのに、鉦鼓の音が山や谷に響いていた。
 この地を笈仏有縁の霊地と思い、雨よけの紙を屋根にして、日夜念仏を続けた。毎朝托鉢に出る時、本尊の前に鉦の撞木を置いて行くと、この僧が留守の時でも常に鉦の音が聞こえた。このことは自然に人々に伝わり信者が集まって草庵を作り、玄齊を引き留めた。草庵は栄山庵と呼ばれ、玄齊は千日行を発願し、常念仏を行った。この栄山庵が出来たのは元和三年(一六一七年、今から四百年前)といわれ、この谷が栄山谷とも千日谷とも呼ばれるようになった。しかし玄齊は承応元年十月十五日の朝、草庵を出て行き、再び帰って来ず、亡くなった所もわからない。弟子の善誉が栄山庵をつぎ、その後、紀伊の国(和歌山県)小倉生まれで、禿翁の弟子である白誉という僧がこの庵に住んだ。このとき浅野藩寺西将監利之の妻、法名「長性院殿岳誉法春大姉」が銀三十貫目を寄付して堂塔が建立され、初めて良雲山栄山寺長性院と呼ばれるようになった。
 このことによって、当院三世白誉を中興開山とし長性院殿を開基とする。
                          公式ホームページより

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Φ ポケストップがあります・・・・長性院入口、長性院
Å ポケモン・ジムがあります・・・

  

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