
山口県柳井市柳井上田に建っている「柳井大師 白雲山 金剛寺(こんごうじ)」です。JR柳井駅から徒歩約29分。湘江庵からだと20分位です(googleマップ経路情報より) 真言宗のお寺です。
弥山寺から直線距離だと600m位ですが、道なりに行くと15分位は掛かりそうです。
柳井駅から30分位ですが、町並みからは少し離れた山の麓にありました。湘江庵からは緩やかな登坂で、入口辺りからは、石段が続きます。手水舎、寺標、山門と続き、更に石段を登って行くと右手に大師堂、もう少し上まで登ると正面に最初は本堂かと思いましたが、釈迦堂がたっていました。釈迦堂の中からは読経の声が聞こえていたのでお勤め中かと思いましたが、中に人はいなくて、どうも録音されたもののようでした。
釈迦堂の左側のお堂が総本堂のようでした。総本堂の前は非常に狭く、もう少し広角系のカメラで無いと全体が撮れませんでした。総本堂の左側には鎮守山王社のお社、石仏が並んでいました。
参道からは見えなかったのですが、山門の前のエリアから、参道に並行するように場所が開けていて、鐘楼や石仏群、馬頭観世音菩薩堂等など、沢山並んでいるエリアがありました。
馬頭観世音菩薩は畜生道を救済する観音様で、家畜やペットの守り本尊、供養仏にもなられているそうです。
全体的に山の麓の狭い場所ですが、多くのお堂やお社、祠、石仏群など効率よく配置され、全体を回ると結構な時間は掛かりました。鐘楼や馬頭観世音菩薩堂があるエリア、本堂に向かうと山門前から左前の方に道がありますが、あまり目立たないのでお見逃しなく。
お寺とは関係ないですが、参拝後、境内から出てすぐ位にニワトリの鳴き声がしたので、何処にいるのか探していると、住宅の塀の上を自由に歩き回っているニワトリがいました。繋がれている訳でも無く外に逃げるでも無く、塀の上を器用に散歩しながら、気持ちよく鳴いているようでした(^_^)
柳井大師 白雲山 金剛寺公式ホームページ
当寺は平安時代の後期承平三年(九三三) 高野山の僧、慈海和尚が清泰院という庵を営んだ時から始まり、その後鎌倉時代の後期正和元年(一三一二) 大内重弘公が弘法大師ご留錫の遺跡を再興し、大内氏の牌所とした時から白雲山清泰院金剛寺となった。当時は寺領一千石を有し、七堂伽藍と十二の僧坊があ り「西の高野」といわれていた。
現在の寺名、白雲山金剛寺となったのは元禄八年(一六九五)で、本尊は阿弥陀如来( 柳井市指定文化財)金銅一光三尊(善光寺如来ともいう)室町時代の秀作である。この本尊は信濃の善光寺より御分身を得たものといい、善光寺の本尊と合わせて日本三体の霊仏と伝えられ、秘仏である。
当寺は古くから人びとより「柳井のお大師さま」と親しまれ、境内に市の立つ三月二十一日の弘法大師御入定日(ご命日)や、一月五日 の「ごかんにち」はもとより、毎月のご縁日は大内時代より続く霊験と伝統をもっている。
また「お山」八十八ヶ所は寛政六年(一七九四)に、四国八十八ヶ所の御霊場に巡拝したくても出来ない人びとのために、各御霊場の御本尊を勧請(お迎え)して造営されたもので、藩主吉川公やその奥方も数回参拝されたほど霊験あらたかな「お山」である。一巡する約一キロメートルの参道には千五百余躯の石仏や磨崖仏が静かにたたずみ、山頂からの眺望と共に心洗われる御霊場である
境内の案内板より
釈迦堂の右側に寺務所がありました。
















Φ ポケストップがあります・・・・ 馬頭観世音菩薩
Å ポケモン・ジムがあります・・・ 白雲山金剛寺
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