散歩道: 實相寺(広島県福山市北吉津町5)

 広島県福山市北吉津町5 にある「法鏡山 實相寺(じっそうじ)」です。JR福山駅から徒歩約18分。弘宗寺からなら5分位です。(googleマップ経路情報より)  日蓮宗のお寺です。

 弘宗寺から向かった場合、實相寺の南側に出ます。大きな石垣の上に建っており、大きな鐘楼門も見えて、こちら側が表側かと思ったのですが、表玄関は西側の大きな道路側のようです。
 私はそのまま南側から大きな鐘楼門を目指して石垣に付いた石段を上がってみました。お城のような石垣と思っていたら、旧福山城の東外堀の石垣を復元したもののようです。
 最初から気になっていた鐘楼門ですが、普通鐘楼門には無いと思っているアナログ時計が配置されていて、鐘楼門?時計台?って感じでした。ドイツのセント・ニクラウス教会で使用されていたタワークロックを配置したものらしいです。北側が見えなかったのですが、東西南の3方向には時計版が設置されていたので、恐らく4面に時計が設置されているのでは・・・。
 御朱印を頂いた後に聞いたのですが、こちらの御住職が、福山自動車時計博物館の理事をされているそうで、そんな関係からも、鐘楼門と時計の斬新な組み合わせが発生しているのかも。

 裏門から入って表門から出る形になりましたが、山門に当たる位置には神辺城の城門が移築されているようで、お寺と言うよりお城の構えでした。

 境内で多くの業者さんが作業されていて自由に動けなかったので、ちょっと残念でした。

實相寺 御縁起

 寛永十(1633)年創立 開山妙了院日達 開基檀越福山藩家老職上田勘解由直定 妙了院日達が身延山久遠寺第26世智見院日暹法主より『見照山實相寺』の寺号を拝領し、当地に堂宇を建立 その後、身延山より学禅院日逢(圓)を二世に迎え、寺門の興隆を図る 
 現在の本堂は福山藩主水野家下屋敷を改築したもので、棟札によると慶安五(1652)年の創建で、二代藩主水野勝俊公菩提寺長久山妙政寺旧本堂である 
 正徳元(1711)年三月、阿部正邦公が福山藩主として入国し、家老職内藤角右衛門影隆(5代)も着任する 享保七(1722)年十月には内藤角右衛門景尹(6代)が家老職に就任し、この代より当山檀越となる 当時、内藤家屋敷にあった神辺城城門を当山に移築したのも景尹である 
 元文元(1736)年二月、当山檀越大坂屋三右衛門の丹精により、京都門跡宝鏡院宮を通じ中御門天皇より十六弁表菊紋、紫衣菊紋袈裟の使用を允許され、『法鏡山山号額』(現存)『祈願所門札』(現存)『七面大明神御筆』(戦災焼失)を下賜され、山号を法鏡山と改称する
 平成十六(2004)年より平成大改修事業に着手し、境内建物すべての改修が進む 平成十八(2006)年にはJR福山駅北口に出土した福山城東外堀石垣を当山に移築保存する 改修事業にて復元された鐘楼堂にはドイツ製タワークロックを設置し、各方面より注目を集める
                             實相寺のホームページより

 本堂の左側に社務所・庫裏の建物があり、そちらにお伺いして書置きの御朱印を頂きました。日付は書き込んで下さいました。

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