散歩道: 正観寺(広島県安芸郡府中町茂陰)

 広島県安芸郡府中町茂陰にある「箱島山 正観寺(しょうかんじ)」です。真言宗のお寺で広島新四国八十八ケ所霊場の第32番霊場です。JR天神川駅から徒歩約10分です。(googleマップ経路情報より)

 JR天神川駅から直線距離は近いのですが、間に川が遮っている為、橋までは、ちょっと遠回りになります。
 3階建てのビルみたいな都市型のお寺で、大きな建物ですが、住宅などに囲まれているので、道路沿いに立っている石柱を過ぎるまでは、何処にあるのか気が付きませんでした。道曲がると行き成り目の前に現れます。
 1階のロビー(?)の奥、仏様の手を模った「救いの手」が彫られたコンクリート壁の左側から上に行く階段がありました。この階段からは2・3階へも、また、建物の裏側にある鐘楼やお砂踏み階段の方にも行けるようになっていました。
 建物の裏手には、鐘楼や地蔵群、四国八十八ヶ所霊場のお砂を階段の下に敷いた「お砂踏み階段」更に階段を登った上に墓地があり弘法大師像も立っていました。小高い丘の上になるので周辺の景色も綺麗でした。4月半ばでしたが、もう、鯉のぼりも泳いでました。

正観寺 略誌

 宗派   真言宗
 
寺号   箱島山 正観寺
 
本尊   正観世音菩薩
 
縁起  
 正観寺の位置する白島(広島市白島町)は昔箱島と呼ばれ、奈良時代の霊亀元年(715)の創建と伝えられ天文年間にはその寺城が広かった事が知られる。
 正観寺は箱島慈眼院と号す白島九軒町にあり宗派は真言宗にして霊亀元年行基菩薩の開基にして広島に於いては他に双びなき古寺なり、本尊は聖観世音菩薩にして行基の作りなりと云う。
 寺の山号「箱島」は今の白島の古名にしてこの地往古は太田川下流の小さき島山にて基状箱のごとき形状なりしにより得たり名なりと伝う。
 慶長年中、僧宥興、中興せり、萬治3年2世存栄の時不動院と共に寺格を受けて大和国大峰明院先達の職を兼ね以来毎年入峰し享保初年の頃には、藩主吉長の為に隔年四宝銀若干を賜り珠遇せらる後、いつの頃よりかつての職を退くに至れり昭和20年8月原爆により焼失、以来寺院建立が遅れ、昭和28年の都市計画により区間整理の為、安芸郡府中町小畠山に移転建立された。

                              本堂前の説明板より

 2階の社務所の所に「本堂に入るのは自由」との表記があるので、安心して入れます。本堂は3階に有りました。本堂に入ってすぐ右側の台の上に大小2種類の御朱印が置かれていました。
 御朱印頂いた時は気が付かなかったのですが、後で、写真を良く見たら、御納経箱の横の木枠の部分に小さく「納経 三百円」と書かれていました。(基本300円と思っているので、納めた額は偶々ですが合ってました)

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 本堂内の写真、私のカバン等が写り込んでしまったので、手前の辺り、ちょっと加工してます。


Φ ポケストップがあります・・・・ 正観寺
Å ポケモン・ジムがあります・・・

  

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