
山口県柳井市姫田に建っている「両石山 普慶寺(ふけいじ)」です。JR柳井駅から徒歩約11分。金剛寺からだと17分位です。柳井山湘江庵からだと3分位です(googleマップ経路情報より)
真言宗のお寺です。
弥山寺、湘江庵、金剛寺、普慶寺の地理的な順番はどう回ってもそんなに距離は変わらず、自由に回れそうです。弥山寺と湘江庵は書置きの御朱印が置かれているので、朝とか夕方とかの時間帯でもOKですので、時間帯で調整してください。
入り口の山門、そんなに大きい感じは無かったのですが金剛力士が鎮座されていて仁王門のようです。文字を絵にしたような独特の字で「両石山」と書かれた扁額を掲げていました。享保9年(1724)に建立され、こちらでは桜門と言うようです。仁王尊像は寛政10年(1798)に安置されたそうです。
山門入って少し先まで行って左側に本堂が建っていました。こちらの扁額も文字も独特で私には読めませんでした(^_^;) 本堂を取り囲むように、境内社や石仏、石碑などが並んでいました。
山門からまっすぐ突き当りまで行くと粟島大明神のお社がありました。この辺りでは粟島大明神祭と言うお祭りが有名だそうです。山門前は駐車場のようですが、車を除けると、かなり広い場所になるので、お祭りの際には出店やらイベント会場になるようです。
普慶寺公式ホームページ
両石山普慶寺は、天長八年(八三一年)弘法大師が、真言開宗の為この地にこられ、観音ビラと云う所に大石の両合せるものあり。この両石は、金胎両部不二を表わして密教の永弘の伽藍を建立するのに吉瑞であると思われ、自ら大日如来と不動明王、毘沙門天 王の参体を彫刻し本尊と定め、安置せられて両石山と名称を定められた、由緒あるお寺であります。
それから弘安元年(一二七八年)に大内弘貞公が百済から守護仏として持ち帰られた壹尺貳寸の金仏千手観音を此の寺に納められ、本尊と改め普慶寺を本坊とせられました。
なお当時普慶寺の末坊として佛常寺・吉祥寺・欣成 寺・●林寺・明法寺・帝母寺・阿伽井寺の七ヶ坊を立て られ両石山の末坊とせられ、普慶寺を当国の観音霊場三十三番の第五番霊所と定められました。
其の後二百七十年後天文十九年此の地亀岡に移転 創建せられたものです。
その後大内家が滅亡し柳井の地は維新前には吉川家六萬石の所領となり、入封した吉川公が先例の由緒ある寺跡の衰退を惜しみ柳井宰判は壹萬三千石で此の地の総祈願所と定め、これによって本堂・桜 門・練壁・石垣等破損の時は村方と町方と各方への寄附をお願いして、その修理をしてきたので現在までご本尊を崇供し仏堂を修葺してきました。
境内の案内板より
●・・・のぎへん「禾」に「白」と「ル」を重ねたような字ですが、出ませんでした(^^;)
山門くぐって左側に庫裏らしき建物がありましたが、お留守のようでした。












Φ ポケストップがあります・・・・ 普慶寺
Å ポケモン・ジムがあります・・・
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