散歩道: 大福寺(岡山県岡山市中区御成町15)

 岡山県岡山市中区御成町15 に建っている「聖満山 法城院 大福寺(だいふくじ)」です。JR岡山駅から徒歩約39分。路面電車・東山駅からなら5分位です。圓常寺からだと6分位です(googleマップ経路情報より) 真言宗のお寺です。  
 圓常寺から直線距離だと300mもないのですが、道は曲がっていたり、分岐点が多かったりで少し複雑ですが、ナビを頼りに向かいました。最後の角を曲がるとお城のような石垣と塀の上に突き出た大地蔵が見えてきます。

 山門をくぐるとほぼ正面に大地蔵が建っていました。門の外からも見えるほどで寛政9年(1797)5月に建立された石地蔵で、2丈2尺6寸(約6m90㎝)の高さがあるそうです。近くには北向地蔵や六地蔵、三面大黒天堂が配置されていました。
 左側(北側)を向くと右側から、大師堂、本堂、客殿と並んでいました。本堂前の石段の左側には「おびんずるさま」が鎮座されていました。お釈迦様のお弟子である十六羅漢 (じゅうろくらかん)の筆頭に当たる方で、病気など直したい場所を摩ると御利益があるとされています(長野の善行寺などでも有名ですね)

 本堂の左側に客殿の玄関、その先に納経所との看板、さらにその先左側の方が庫裏になっているようでした。お庭と建物の間の細い部分を辿っていく事は出来ましたが、本来庫裏へは、山門の脇門から入って行くようでした。
 何処に行くべきか迷いましたが、納経所の看板がある辺りは何も無さそうだし、一番近い客殿の玄関にインターフォンがあったので押してお願いしました(庫裏の方にも通じているようです)

大福寺の歴史

 当寺は、聖満山法城院大福寺と称し、天平勝宝年中(749-757)、報恩大師の創造、備前48ケ寺の1つと伝えられています。往古は和気郡伊部村にあり寛永年中(1624-1644)、上道郡門田村蛇谷へ移り隆盛法印を開山と仰ぎます。
 其後、今の所へ転じ阿弥陀三尊を本尊とし、弘法大師は池田綱政公の世子(跡継ぎ)御病気平癒御礼像であります。故に池田綱政公の御願に因り歴代の祈願所となり栄え、薬医門が享保17年(1732)、本堂並びに大師堂毘沙門堂が安永元年(1772)、客殿庫裏等が寛政11年(1799)に再建されました。
 元玉井宮の別当寺で、大正15年には岡山市門田宮の下、幣立山能満寺大徳院を当寺へ合併しました。明治から大正にかけて堂宇の大修繕を加え、その建物が現存していましたが、昭和20年6月29日の大東亜戦争岡山空襲により伽藍の大半を焼失。残存したのは客殿、釣屋、庫裏、土蔵、山門(薬医門)のみであります。戦前は県下の勝地東山公園の風致中の寺として信仰の神聖を保ち一景を添えていたもので大変惜しい極みであります。
 平成の大事業として本堂並びに大師堂、書院、鐘楼堂を再建し現在に至ります。
                                 境内の案内板より

 本堂の左側に客殿、庫裏が建っていて、その間に納経所との看板が見えます。何処に行ったら良いのか迷いましたが、本堂のすぐ横の客殿の玄関横にインターフォンがあったので、押してお願いしました。


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